まず、今回の分析の前提として押さえておくべきは、調査を行った2025年11月時点においても、お米の市場価格は5月と同様、高水準で推移しているという事実です。
買い物行動・意識定点調査(第6回Vol.1)-【米価格高騰化の消費者心理】「諦め」による順応と、流通小売に求められる「信頼」の再構築
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「令和の米騒動」から1年あまり。私たちの食卓の主役であるお米を取り巻く環境は、依然として予断を許さない状況が続いています。備蓄米が市場に流通されたことで、小売価格は一時的に低下したものの、その後流通し始めた新米価格も、生産コストの上昇などを背景に高止まりの傾向を見せています。
本来であれば、連日のように「お米が高い」という生活者の声が聞こえてきてもおかしくない局面です。しかし、生活者の反応にはある種の「静けさ」が漂っているように感じられます。
今回は、当社が独自に実施したアンケート調査の結果を基に、備蓄米放出直前の「2025年5月」と、新米が出回った半年後の「2025年11月」のデータを比較分析しました。データから浮かび上がってきたのは、この「静けさ」の正体が、単なる慣れではなく、生活者が高値という現実と「折り合い」をつけ、静かに「受容」し始めているという現実でした。
「物価高実感」激減の不思議。生活者は本当に「慣れた」のか?
生活者の物価に対する全体的な感覚を見ても、その厳しさは変わっていません。「現在の物価に対する気持ち」を尋ねたところ、「物価高を強く感じる」「物価高を感じる」と回答した人の合計は、5月調査で86.8%、11月調査でも86.0%と、依然として9割近くの人が物価高を実感しています。
ところが、個別の品目に目を向けると、不可解な現象が起きています。普段の買い物で特に「物価高を感じるもの」として「米・パン・麺」を挙げた人の割合が、5月の54.8%から11月には36.0%へと、実に18.8ポイントも大幅に減少しているのです。
価格は下がっていないのに、なぜ「高い」と感じる人がこれほど減ったのでしょうか。 その答えは、生活者の購買行動の変化に隠されていました。
「最近数カ月の自宅での食事の変化」を見ると、「ごはん(米)を食べる量が減った」という回答は23.0%から21.4%へ微減しており、単純な「米離れ」が加速しているわけではないということがわかります。一方で、「お米を購入するタイミングや方法の工夫」では、「特売日・セール情報を狙って購入する」(22.0%→27.8%)、「まとめ買いをする」(10.2%→11.8%)といった項目が増加しています。
さらに、「お米の種類に対する気持ち」を見ると、外国産米に対しては半数近くが抵抗感を示しているものの、ブレンド米や古米に対しては抵抗感が比較的低い傾向が見られます。
つまり、生活者は「高いから買わない」のではなく、流通側が用意した「特売品」「ブレンド米」「古米」といった安価な代替手段へとシフトすることで、実質的な購入単価を抑え、家計への負担感をコントロールしているのです。これは一見、「賢い選択」のように見えますが、その内実はもっと切実な「消極的な適応」である可能性が高いことが、次のデータから読み取れます。
「こだわり」を諦めた生活者と、満たされない食卓
生活者が安価な代替手段へシフトする過程で、何が起きたのか。それは「お米選びの基準」の劇的な変化です。
5月時点では重視されていた「産地」(重視計43.7%→38.6%)、「銘柄」(同46.8%→38.9%)、「精米日や鮮度」(同39.8%→36.9%)といった、高品質志向や情緒的価値に関わる項目のスコアが軒並み低下しました。その一方で、唯一「価格の安さ」だけが重要度を増しています(61.7%→63.7%)。
さらに、「お米(ごはん)だけは妥協したくない」という意識も低下しています。これは、生活者が高値という現実に直面し、「期待値を下げる」ことで心理的に順応しようとしている姿に他なりません。「どうせ高いお金を出しても以前のような良いお米は買えない」あるいは「生活防衛のためには味には目をつぶるしかない」という、ある種の「諦め」が、物価高実感を麻痺させている正体ではないでしょうか。
流通小売業としては、価格高騰下でもできるだけ多くの家庭がお米を買い続けられるよう、古米やブレンド米などの安価な商品を確保し、店頭に並べる努力を続けてきました。その「モノ」での努力は、生活者の受け皿として確かに機能しました。しかし、それが生活者の「満足」に直結しているとは言い難い状況です。
「値段の安さを重視したことで、満足度はどう変化したか」という問いに対し、約2割の人が「満足度は下がった」と回答しています。安さを選ばざるを得ない状況の中で、食卓の満足度が置き去りになっている側面は否めません。
さらに深刻なのは、「お米を選びやすくするために、スーパーなどの売場や情報提供にもっと工夫してほしい」という期待までもが低下している点です(39.6%→34.2%)。これは、「どうせ売り場に行っても、欲しい情報は得られない」「安い米が置いてあればそれでいい」という、売り場に対する関心の低下、いわば「売り場スルー」の兆候と言えるでしょう。生活者が売り場からの情報に期待しなくなれば、購買の判断基準は「価格」のみとなり、店舗へのロイヤリティも薄れてしまいます。それは、他店との差別化が難しくなるという、流通小売にとって頭の痛い事態を招きかねません。
しかし、ここで希望の光となるデータもあります。「ごはんをより美味しく食べるための工夫」において、「水加減・炊き方を工夫している」「ごはんに合うおかずを選んでいる」といった項目のスコアは、低下することなく維持・微増しているのです。
お米自体の質は諦めたとしても、「食事そのものは美味しくありたい」という生活者の根源的な欲求は消えていません。この「満たされない食卓」と「潜在的な欲求」のギャップにこそ、流通小売が提案すべき「新たな価値」の種が眠っています。
今回の気付き・ラーニング
今回の調査結果から見えてきたのは、高止まりする価格に対し、期待値を下げ、こだわりを捨てることで順応した生活者の姿でした。
ここで流通小売業が抱くべき危機感は、「価格が下がれば、また元に戻るだろう」という楽観論が通用しないかもしれない、という点です。一度「お米はこれで十分」「味なんてこんなもの」と期待値を下げてしまった生活者は、今後もし価格が落ち着いたとしても、簡単にはかつてのような「高品質志向」には戻らない可能性があります。それは、お米というカテゴリーが完全にコモディティ化し、売り場が「安さだけを求める場所」になり下がるリスクを意味します。
この不可逆的な変化を食い止めるためには、単に安いモノを並べるだけでなく、「食への関心」を呼び覚ますアクションが不可欠です。
具体的には、
1.「プロの“米”レビュー」で、「諦め」を「納得」に変える
安価なブレンド米や古米を売る際、「お買い得です」という言葉だけでは生活者の心には響きません。売り場のプロとして、そのお米の個性を正直に伝えるのです。「このブレンド米は粘りが少ないですが、その分、チャーハンやカレーにすると驚くほど相性が良いです」「古米ですが、少しお酒を加えて炊くとふっくら仕上がります」といったように。ネガティブな要素を隠さず、逆にそれを活かす具体的な提案を行うことで、生活者の「安かろう悪かろう」という諦めを、「この使い方なら試してみたい」という前向きな納得感に変えることができます。
- 部門横断による「最高の食卓提案」で、体験価値を創造する
お米単体で勝負するのではなく、精肉・鮮魚・惣菜といった他部門と強力に連携し、「この米だからこそ、このおかず」というメニュー提案を行います。「さっぱりしたB米には、脂の乗ったアジの塩焼きが合います」といった提案は、店全体の買い回りを促進するだけでなく、食事そのものの楽しさを再発見させるきっかけになります。
価格競争が激化する今だからこそ、求められているのは画一的な「安心」ではなく、「あの店の担当者が言うなら間違いない」という専門性と正直さに裏打ちされた「パーソナルな信頼」です。生活者の「諦め」に寄り添いながらも、食の豊かさを諦めさせない。そんな人間味のある情報発信こそが、これからの流通小売の最大の武器になるはずです。
この調査が皆さまの企画のヒントに少しでもお役立ちできれば幸いです。
■調査方法:ウェブ調査
■調査エリア:全国
■調査対象者:20〜69歳男女
■サンプル数:合計500サンプル (20代~60代までの男女各50名)
■調査期間:2025年11月26日(水)~27日(木)
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