この記事は後編です。
まだ前編・中編をご覧になっていない方は、ぜひあわせてご覧ください。
地政学リスクに強い店づくりを考える――後押しするのは、生活者の「誇り」 後編|生活者の「誇り」を、選ばれる理由に
- コラム
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前編では、値下げだけに頼らず「供給が続く安心」を支えるレジリエンスを考え、中編では「日本の食」を生活者の誇りと自社・地域のレジリエンスを高める経営資産として捉え直しました。後編では、この方向性を単発のイベントで終わらせず、日々の商品企画と店舗運営にどう埋め込むかを考えます。
「続いていく暮らし」のブランド実践
これからの競争力の源泉は、価格だけでなく「供給が続く安心」と「日本の食を支える誇り」をブランドとしてどのように体現するかにあります。
その実践を、次の3つの入り口に整理しました。
1つ目は、状況を「見える化」し、生活者と認識を共有すること。
2つ目は、「次世代の食卓パートナー」といった共創プログラムを通年で運営すること。
3つ目は、日々の売場の小さな工夫を通じて、ブランドの物語を積み重ねていくことです。
原材料や包装資材の調達先を複線化し、代替仕様を準備することは、小売業者やメーカーが主体となって進める重要な取り組みです。しかし、それだけでは、取り組みの価値が生活者に伝わり、購買行動を通じて支持されるとは限りません。本稿では、供給を守る企業の努力を、生活者の理解や参加、継続的な購入につなげるためのプロモーションとアクティベーションの視点に焦点を当てます。
1. 理解する――まずは「見える化」で土台を共有する
最初の入り口は、供給構造と価格の背景を、企業内部にとどめず、生活者と共有することです。
例えば、主要カテゴリーごとの産地構成や輸入品と国産品の比率、代替品の有無を簡潔にまとめた「供給の見える化ボード(供給マップ)」を、店頭やウェブサイトに設けてはどうでしょうか。四半期に1度でも更新を続けることで「この店は自分たちの食卓をどんな仕組みで支えようとしているのか」が伝わります。
価格についても、原材料費、物流費、人件費といった要因に加え、「この値決めが何を守るための選択なのか」を一文で添えることで、価格に「応援」の意味を持たせることができるのではないでしょうか。
安全な側面だけを見せることにこだわらず、リスクや課題を含めた現在地を開示し、「何年かけてどう改善していくのか」を共に見届けることが、ブランドへの信頼を育てていきます。
2. 参加する――「次世代の食卓パートナー」という共創の場を本気でつくる
二つ目の入り口は、「日本の食」を軸に、生活者と一緒に未来の食卓を支える常設の場をつくることです。
例えば、頒布会やクラウドファンディングを、年に1度の企画ではなく、通年参加型の「次世代の食卓パートナー」プログラムとして位置付け直すことが考えられます。参加はあくまで任意であり、「関心があるときに、できる範囲で関わる」ための緩やかな招待状のような位置付けです。店頭やオンラインからいつでも参加でき、月ごと・季節ごとにテーマを変えながら、産地や生産者、製法、器などを特集する形をとります。代金の一部を、産地の設備投資や技術継承に充てる設計も考えられます。
フルセットからミニセット、情報だけ受け取るコースまで、予算や生活スタイルに応じた参加方法を用意すれば、「今の自分にできる範囲で日本の食文化を支える」実感を、より多くの生活者が日常の中で持ちやすくなります。
同時に、常設の「日本の食文化応援」コーナーとして、少額から参加できるクラウドファンディングを複数件並べておけば、来店時に共感できるプロジェクトを一つ選ぶ、という関わり方も可能です。支援のリターンとして商品だけでなく、生産者の物語や製法の背景を伝えるストーリーを届ければ、参加者は「自分は次世代の食卓をつくるパートナーの一員だ」という誇りを感じやすくなります。
3. 習慣にする――日々の売り場を、少しずつブランドの場に変える
三つ目の入り口は、明日の売り場から始められる小さな工夫です。
例えば、規格外品や地場野菜のコーナーに名称とコンセプトを与え、年間を通じて「ここに来れば、地域を支える選択がいつでもできる」場として育てていく方法があります。各棚にバイヤーや店長の「一言」を添え、なぜこの産地や仕様を選んだのかを短い言葉で伝えることもできそうです。生活者のおすすめコメントを募集し、定期的に入れ替えながら掲示する方法も考えられます。
どれも大きな投資ではありませんが、「日本の食を大切にする」という姿勢を、価格だけに頼らず、売場全体で伝えていくための工夫です。
「見える化」や「次世代の食卓パートナー」と組み合わせることで、「この店で買うことが、次の世代の食卓を支えることにつながっている」という物語を、生活者が日々の買い物の中で自然と感じ取れるようになっていきます。
こうした取り組みは、いずれも人手と時間も限られた現場にとって、決して小さな負担ではありません。
だからこそ、すべてを一度に実現しようとするのではなく、次のように段階的に進めることが重要です。
- まずは1カテゴリー、1企画、1店舗から試す。
- 「売上」「粗利」だけでなく、「欠品率」「国産品比率」「顧客からの共感の声」といった指標も含めて、小さな単位で効果を検証する。
といった形で、段階的に取り組みを広げていくことが現実的ではないでしょうか。
ブランドづくりもレジリエンス強化も、「一気に正解を目指すプロジェクト」ではなく、「仮説と検証を重ねる長距離走」として捉えることが重要です。
実行に当たっては、小売業者が売り場と顧客接点を設計し、メーカーが原材料や製法、供給背景を分かりやすい情報として提供する、といった役割分担が一つの進め方です。効果は、認知、共感、参加、購買、継続、推奨という流れで捉え、売上や粗利に加えて、企画認知率、参加率、再購入率、推奨意向、国産・地域産比率、欠品率など、複数の指標を組み合わせて検証してはいかがでしょう。さらに、産地の設備投資や供給継続にどの程度貢献したかを検証できれば、アクティベーションを事業成果と供給レジリエンスの両面から評価できます。
4. 全国チェーンと地場チェーンの進め方
こうした取り組みは、全国チェーンと地場チェーンで、進め方や体制が少し異なります。
全国チェーンでは、本社が「日本の食」とレジリエンスを軸にしたブランド方針と基本プログラム(ダッシュボードや「次世代の食卓パートナー」の設計など)をつくり、モデル店舗で検証した上で、全国へ展開する進め方が考えられます。一方、地域ごとのストーリーづくりや生活者との共創は、各地域や店舗が主役になります。
地場チェーンでは、経営者や商品部門、店長が地域社会との距離の近さを生かし、「この地域でどのような食文化やどの生産者を支えるのか」を自分たちの言葉で考え、一部の店舗から試しながら全店へ広げていく進め方が適しているのではないでしょうか。
規模や体制は異なっても、「日本の食」という無形資産を、自社ブランドと地域のレジリエンスを同時に高める軸として日々のオペレーションに埋め込む、という方向性は共通しています。
5. 「次の世代の食卓をデザインする」ブランドへ
地政学リスクや物価高が続く時代には、小売業者が単に原価上昇に対応するだけでなく、10年後も必要なものを必要な形で届け続けるための「仕組みそのもの」を設計する役割を担うことが、これまで以上に重要になります。
そのとき、「日本の食」という無形資産を軸に、生活者の誇りと供給レジリエンスを同時に高めるブランドを育てられるかどうかが、大きな分かれ目になるのではないでしょうか。
ここで挙げた3つの入り口は、見方によっては地道な工夫にすぎないかもしれません。
しかし、それらを継続的な仕組みとして束ねたとき、「この店で買うことが、次の世代の食卓をデザインすることにつながっている」という物語が、企業と生活者の間に形作られてきます。
小売業者だけで日本経済のすべてを変えることはできませんが、日々の食卓に最も近い存在として、「自分たちの持ち分」を着実に果たしていくことはできます。
小売業者とメーカー、そして生活者が、それぞれの立場から少しずつ関わりながら、その物語を共につくっていく。
前編と中編から続くこの議論が、そのようなブランド実践への一歩となれば幸いです。


