地政学リスクに強い店づくりを考える――後押しするのは、生活者の「誇り」 前編|値下げだけでは守れない「続いていく安心」
- WRITER
- 木賀 啓介keisuke kiga
- 大手住宅設備機器メーカーで約8年間、商品ブランドの運営に従事した後、購買現場における商品ブランド戦略の展開を幅広く手掛けるべく、2002年にSCOPEへ入社。以来20年以上にわたり、加工食品、菓子、嗜好性飲料などの大手メーカーや大手流通・小売企業の販促戦略策定および企画立案を手掛ける。商品と生活者をつなぐ物語を核とした企画を強みとし、現在はSCOPE独自のコミュニケーション設計メソッドの構築と実務への導入・定着に取り組んでいる。
春先のメーカー各社による白黒パッケージへの切り替えや突然のごみ袋不足(いわゆる「ナフサショック」)は、地政学リスクが一般家庭の暮らしに直結していることを印象づけました。これに対し、売場は値下げや節約レシピの提案などを通じて生活者に寄り添ってきました。中東情勢をめぐる緊張をはじめ、今後もさまざまな地政学上のリスクが懸念されるなか、売り場はどのように変わっていくべきでしょうか。本稿では、目の前の価格対応を否定せず、その先にある「供給が続く安心」を提供するとともに、生活者が自らの選択に納得し、ささやかな誇りを感じられる、価格だけに頼らない店づくりを考えます。
本コラムは、3編構成(前中後編)の中の前編です。
1. 「ナフサショック」が突き付けた現実──物価対策だけでは守り切れないもの
「ナフサショック」が可視化したのは、単なる原材料不足ではありません。平時には効率的に見えた日本の調達・供給構造が、地政学上の変化によって、日々の売り場や食卓まで揺らぎうるという現実です。
販促創研では、主催するオンラインコミュニティ「毎日のお買い物ワクワクモヤモヤ研究会」や、定期的に実施している生活者の買い物行動アンケート調査などを基に、「ナフサショック」が日常生活に与える影響について、生活者の切迫感と、どこか諦めにも似たリアルな消費マインドを考察してきました(※1、※2)。
内閣府の「消費動向調査(2026年7月)」では、日頃よく購入する品目の価格が1年後に「上昇する」と見込む人の割合は92.8%でした。前月から0.5ポイント低下したものの、依然として9割を超えています。小売業に対する価格対応への期待は、当面続く可能性が高いと考えます。
そうした意味で、生活必需品の価格施策や、代替品・代替レシピ提案による「賢く暮らす工夫」の提案が、重要な取り組みであることに変わりはありません。多くの生活者にとって、まずは「きょう、あすの食卓を何とかする」ことが最優先であり、小売にとっても、生活者の期待にどう応えていくかは、重要な課題になると考えます。
一方で、これらの施策は、短期的な負担を和らげるための対症療法にとどまりがちです。長期的に続ければ、企業の収益や投資余力を徐々に削りかねず、生活者にとっても、節約や我慢を前提とした「ネガティブな工夫」を生み、結果としてウェルビーイングを損なう懸念があります。
同じ「工夫」であっても、生活の土台そのものを強くし、中長期的な安心につながる、より前向きな工夫があるはずです。中東情勢や物価高という不可避の外部環境を前提としながら、小売業とメーカー、そして生活者がパートナーとして共に歩み、10年後も地域社会に必要とされ続けるための方向性を整理します。
※1
<お買い物ワクワクモヤモヤ研究会トピックより>白黒ポテチとゴミ袋——ナフサ不足、生活者の実感マップ
※2
買い物行動・意識定点調査【外の世界のリスクを「工夫」に変える生活者たち】ナフサ不足で見えた「買い物の知恵」の広がりと、これからの売り場に求められる「引き算の優しさ」
2. 値下げ依存から「供給レジリエンス」を軸にした競争力へ
ナフサショックはエネルギー価格だけでなく、日本の食品流通全体の「構造的な弱点」を可視化しました。
中東情勢の緊張は、包装資材、輸送コスト、肥料や飼料、輸入原料など、サプライチェーンの広範な領域に複合的な影響を及ぼします。平時には「効率的な調達構造」として機能していたものが、有事には脆さとして露呈し得る。その現実を、私たちは突き付けられたといえるでしょう。
こうした構造的課題の一部は、エネルギー政策や農政、通商政策など、国家レベルの判断とも深く関わっており、小売業だけで解決できるものではありません。
それでも、小売の現場だからこそ手を打てる「自分たちにできる一手」はあります。
調達、商品設計、価格政策、販促コミュニケーションを見直し、供給の持続性を高める工夫を積み重ねることで、日本全体のレジリエンスを足元から着実に底上げすることはできるはずです。
ここで目指すのは、単なる値上げやコスト削減ではなく、多少の環境変化が生じても供給が途切れにくい構造、すなわち「供給レジリエンス」を組み込んでいくことです。
それは「守り」だけでなく、欠品時にも信頼を失いにくい売り場づくりや、価格以外の「選ばれる理由」の創出にもつながります。
一方、生活者の側でも、安さや量だけではない価値への関心が高まりつつあります。
内閣府の「国民生活に関する世論調査(令和7年8月調査)」では、「これからは心の豊かさやゆとりのある生活に重きをおきたい」と答えた人(「どちらかといえば」を含む)が52.6%となっており、「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」(46.2%)を引き続き上回っています。
ただし、そうした意識は必ずしもぜいたくを求めることを意味するのではなく、「生活の基盤が維持される安心」を求める感覚に近いと考えられます。
3. 「供給が続く安心」を、選択への納得と「誇り」につなげる
エネルギーや原材料の多くを海外に依存する日本で、安定供給を支えているのは、調達先やサプライチェーンの多様化だけではありません。
国内で生産・加工される食品については、各地域の気候や土壌、漁場に根ざした生産者や加工業者の存在、そこで育まれてきた食材や料理法などの「地域の食文化」と一体となった生産基盤そのものが、安定供給の土台になっています。
販促創研が実施した買い物行動アンケート調査(2026年5月実施)でも、「今後利用したい・好感が持てる小売店の姿勢」として、簡素包装や規格外品の活用、ポイント還元など、生活者の負担や価格上昇を抑える施策に関心が集まりました。一方、「国産・地域産の商品を積極的に仕入れ、食料自給率の向上に貢献しようとしている店舗」を挙げた人は15.8%、この姿勢を最も支持するとした人は7.5%でした。
パッケージの簡素化や規格外品の活用、ポイント還元など、価格上昇を抑える工夫への支持が多数派である一方で、割合は高くないものの、「国産・地域産への姿勢」を評価する層が一定程度存在することも読み取れます。
同じ調査ではありませんが、生活者の中に「価格を重視しながらも、国産を選択肢として意識する」層がいることは、他の調査からも確認できます。日本政策金融公庫の2025年11月調査では、食に関する「経済性志向」が41.6%と高水準にある一方、食料品を購入する際、国産品かどうかを「気にかける」人は64.3%でした。また、日本の将来の食料輸入に「不安がある」と答えた人は80.6%に上っています。
また、国産品に対する価格許容度については、政府系金融機関である日本政策金融公庫が2023年1月、全国の20代から70代までの男女2,000人を対象に実施した「消費者動向調査」で、輸入食品より割高でも国産品を選ぶとした人が53.1%で、過半数を占めています。これは実際の購買実績ではなく購入意向を尋ねた結果ですが、国産品に価値を認め、一定の価格差を受け入れる生活者層が存在することを示しています。
これらから見えてくるのは、生活者の選択が「安さか、国産か」という単純な二者択一ではないということです。日常的には価格を慎重に見極めながらも、品質や安心、生産者や地域への貢献、将来の安定供給といった価値に納得できれば、国産品を選ぶ層が存在します。食の領域にも、「節約するもの」と「価値を認めて支出するもの」を選び分けるメリハリ消費が表れていると考えられます。
価格の理由や、その選択が何を支えるのかを理解し、自分の暮らしに合う範囲で選ぶ。そうした納得の先に生まれるささやかな肯定感を、本稿では「誇り」と呼びます。高い商品を買うこと自体が誇りなのではありません。「自分の選択が、地域の生産や次の世代の食卓を少し支えている」と感じられることです。
こうした層にとっては、「この企業は目先の値下げ競争だけでなく、無理のない形で供給を守ろうとしているか」「地域の生産者や食文化を大切にしながら、将来にわたって食卓を支えようとしているか」といった点が、価格だけでは測れない、商品や企業を選ぶ理由の一つになりつつあります。
同時に、すべての生活者が「応援消費」を行えるわけではありません。家計に余裕がない状況では、価格を最優先せざるを得ない場面も当然生じます。重要なのは、「いつでも、誰でも必ず参加すべき」とするのではなく、余裕のあるときに無理のない範囲で関われる選択肢が用意されていることです。
生活者と企業が、それぞれの立場から日常生活におけるレジリエンスの強化に向けて協力すること。そうした関係そのものが、単なる価格競争だけに頼らないブランド価値になっていきます。続く中編では、こうした生活者の意識変化とレジリエンスの視点を前提に、「日本の食」という国の資産をどう経営のレバレッジとして生かすかを考えます。
参考資料
・内閣府「消費動向調査(2026年7月)」
・日本政策金融公庫「消費者動向調査(2025年11月)」
・日本政策金融公庫「消費者動向調査(令和5年1月調査)」