スコープ販促創造研究所

<前編>「買いたい」から「買い続けたい」を顧客と共創する販促 カギを握るのは“正直であること”、そして“未来のありたい姿を問い続けること”

<前編>「買いたい」から「買い続けたい」を顧客と共創する販促 カギを握るのは“正直であること”、そして“未来のありたい姿を問い続けること”

右から
メンバーズ 執行役員 原 裕さん
顧客時間 共同CEO 奥谷 孝司さん
スコープ販促研究所所長 多田 みゆき

台頭しつづけるECの存在が、
リアルな売場の価値を上げていく

2024秋、スコープ販促創造研究所が始動。「買い続ける」をテーマに、未来の販促のあり方を創造していきます。第1回目にお届けするのは、企業と顧客と地球のエンゲージメントをテーマにマーケティングを実践するメンバーズ執行役員・原裕さん(以下、原)、企業と顧客が「人と人」として寄り添い、手をつなぎ、共に豊かな時間を創るマーケティングを提案している顧客時間共同CEO・奥谷孝司さん(以下、奥谷)、そしてスコープ販促総研所長・多田みゆき(以下、多田)の鼎談。これからの時代、どのような販促が求められ、どう展開していくべきか。販促の未来について、目指すべきゴールを語り合います。

企業と顧客が価値を共創する時代

多田:本日はお忙しい中ありがとうございます。このたびスコープ販促創造研究所(以下、販促創研)を立ち上げ、本格始動するにあたり、“販促の未来について”お二人とお話させていただきたいと思いました。

奥谷:よろしくお願いします。

顧客時間 共同CEO、スコープ販促創造研究所客員研究員/奥谷 孝司さん

1997年良品計画入社後、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、「足なり直角靴下」を開発し定番ヒット商品に育てる。2010年「MUJI passport」をプロデュース。 2015年にオイシックス・ラ・大地に入社し、COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)就任。 2017年にEngagement Commerce Labを設立。 2018年より顧客時間共同CEO。

メンバーズ 執行役員、スコープ販促創造研究所客員研究員/原 裕さん

アメリカン・エキスプレス・インターナショナル Inc.加盟店営業・マーケティング、キーアカウントマネージャー、Thompson Dialog 取締役ジェネラルマネージャーを経て、1999年より株式会社メンバーズにて大手企業のデジタル・マーケティング支援を行う。2023年よりメンバーズ 脱炭素DXカンパニーに所属し、企業の脱炭素推進支援を行う。著書として「フェイスブック・インパクト」「エンゲージメント・マーケティング」「SDGsが生み出す未来のビジネス」「脱炭素DX」など。

多田:昨今、ECの発達によって、あらゆる商品が簡単に手に入るようになりました。オンラインとオフラインがシームレスになり、購買チャネルは多様化し、カスタマージャーニーが変化しています。ある人は蛇のようだと表現したり、ワンピース(ひとつなぎ)だと見ている人、ビンゴカードのように開けられるものだと言う人もいます。ニーズ、売場、消費者、すべてが多様化していると感じられます。

:なるほど。

多田:売り手と買い手の垣根もなくなってきていて、物を売ってあげる、買ってもらうといった関係性ではコミュニケーションが成り立ちません。そこで必要となるのが次の時代の販促をどのように考えていくか。メーカー・小売業者がどのように生業をつくっていけばよいのか。ベストな方法を見つけたいと思っています。

スコープ販促創造研究所所長/多田 みゆき

2006年、スコープ入社後、大手流通小売のオムニチャネル事業のほか、店頭催事販促の業務に従事した後、企画部門に異動。1年間を52週に分け、データやトレンド分析に基づいた1週間ごとの販促を企画する“52週販促”企画を10年ほど担当し、大手流通小売のチラシ販促やメーカークライアント業務に携わる。近年は52週販促のスキームも用いながら、歳時ごとの市場動向予測を発信し、販売・購買両側からのモチベーション開発も行っている。

:2024年1月に日本マーケティング協会が34年ぶりにマーケティングの定義を刷新しましたが、これがこれから起こる大きな変化のひとつきっかけになるのでは、と思っています。ビッグデータがあり、生成AIも出てきた。DXがマーケティングの可能性を広げている。そういった中で、新しい価値観や未来をどう考えていくのか。すごく重要になってくると思います。マーケティングの定義が「より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである」と明文化されていて、すごく良いと感じました。

多田:これから何をしていくべきかが明確に示されていますね。

■マーケティングの定義(2024年制定)

(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。

※「公益社団法人日本マーケティング協会」Webサイトより: https://www.jma2-jp.org/home/news/916-marketing

:テクノロジーの進化で得られるデータをどう活用していくか。デジタルマーケティングツールが発達したおかげで自動化できることがたくさんあります。より豊かで持続可能な社会を実現するためには、PDCAを回しながら将来を考えていく必要があり、そこに欠かせないのが人間性。未来を創造するために、人間がマーケティングの役目を考え、それによって新しい販促のかたちが生まれると期待しています。

多田:その新しい販促のかたちが「買いたい」から「買い続けたい」を創ることになるのだと私たちは考えています。

すべてのモノをサービスの一環として考えるSDL(Service Dominant Logic/サービス・ドミナント・ロジック)を本格的に考える時期がついに来たと感じました。昔は、モノを供給することが価値と考えるGDL(Goods Dominant Logic/グッズ・ドミナント・ロジック)で顧客価値を考えていました。しかし、ここ10~20年は、あらゆる取り組みをサービスとして包括的に捉え、企業と顧客が価値を共創するSDLがマーケティング戦略として広まり、モノ自体よりも得られる体験に重きを置く傾向が強まってきました。

奥谷:僕も今はSDLの時代だと実感しています。オムニチャネル研究を進める中でも、私の中では最後はSDLに帰結するのです。デジタルの時代でも、ある種、リアルの価値が増している。コロナ禍でテクノロジーの活用がさらに進展し、その中で再定義されたようにも思います。ただし、店頭で得られる情報がネットと変わらなければ、それは時間のムダであり、意味がない。大事にすべきことはリアルな体験です。例えば、買い物の価値として「私」を知ってくれていることは大事で、リアルで気付けるようにしたい。そこでデジタル×人が効果を発揮します。また五感に訴えかけられるのもリアルな店頭だからこそ。そこで先ほど原さんがおっしゃった人間性が価値を生みます。店頭のあり方、人の向き合い方が問われ、そこにはもちろんソーシャルグッドな要素も含まれます。顧客接点が多様化する中、リアルの価値は確実に上がっています。

ピラミッドの頂点は「つながっている価値」

多田:その一方、モノを重視するGDLの販促から脱却できなければ、リアルな売場の価値はかえって下がってしまうのではないでしょうか。

奥谷:商品の機能的価値だけが語られていて、550円が割引価格でいくら、と書かれているだけではネットが選ばれるでしょう。オムニチャネルは今、オンライン・オフラインを問わず、あらゆる接点から得た情報を統合することで、顧客一人ひとりに最適かつ価値のある購買体験を提供するユニファイドコマース※1に進化しつつあります。店舗スタッフの話よりも、共感しているインフルエンサーがSNSで言うことは無条件で信じてすぐに買うケースもあります。確かに、いつでも、どこからでもものが買える世の中です。SDLでカスタマージャーニーを設計し、リアルとデジタルの店舗の意味をきちんと使い分けていくことが大事になってくるのではないでしょうか。

※1:オンライン・オフラインのチャネルやデータを統合し、顧客一人ひとりに最適化された価値のある購入体験を提供することを指すマーケティング用語

:顧客との共創が強固になれば、まさに顧客時間の共有ができるため、すごく期待感があります。やはり顧客が商品やサービスに積極的に関与するエンゲージメントが大切です。情報を提供し合い、参加し合うことで、お互いに価値を感じられる。それを商品やサービスにつなげていかなければ。

多田:モノを与えてやっている、価値あるものを使わせてやっている。そういった姿勢で買い手を置き去りにしてはいけない。モノの価値とは持ってみたり使ったりすることで決まります。だからこそエンゲージメント(顧客との関係性の強さ・深さ)が大切になってきますね。

奥谷:エンゲージメントから始めるべきなのです。ある意味、エンゲージメントには顧客にとって面倒な部分もあります。「これはこう捨ててください」「こういった使い方はやめてください」などと、下手をすると顧客に何かを強いることもある。しかし、それこそがつながる価値にもなる。優れた企業はエンゲージメントバリュー(顧客とつながっている価値)を先に設定して、だからこの体験ができる、そのために私たちはこの製品を作っている、と言えるのです。土台にファンクションバリュー(Function Value=機能価値)があり、その上にエクスペリエンスバリュー(Experience Value=体験価値)が乗り、頂点にエンゲージメントバリュー(Engagement Value=つながっている価値)があるカスタマイズバリューピラミッドという考え方です(下図参照)。この図で重要な点は、この三角形が内包化されていると言うことです。顧客がエンゲージメント価値を知覚するにためは、当たり前ですが、商品サービスを利用し(機能的価値)その体験価値を本物であると感じない限りエンゲージメントバリューには行き着くことはないのです。

多田:カスタマイズバリューピラミッドで成功している企業の例はありますか?

奥谷:パタゴニアが「Unfashionable=ファッションじゃない」「Fashion is none of our business=ファッションは私たちに関係ない」というメッセージを発信して話題になりました。以前からそう考えていた面はあると思います。とはいえアウドドア用品ブランドですから、昔からファッションを否定していたかというと、そうではないはずです。時代の変化によって新しく生み出されたエンゲージメントバリューだといえるでしょう。

多田:ファッションとして打ち出すことで昔は売れたわけですからね。ところが今では、ファッションは流行が終われば着られなくなり、使われなくなるという考え方をされる場合があります。そういう商品を作っているのかと受け止められれば、意識の高い消費者から突き上げをくらってしまうかもしれません。

奥谷:アメリカのリセールEC企業スレッドアップは、設立された2009年から1億着の古着を流通させ、45万トンのCO2削減に貢献したといわれるなど、スタートアップを中心に地球環境保護に貢献している企業が注目を集めています。彼らが行なっているリセールビジネスを環境貢献ということに批判的な人たちもいるでしょう。しかし、エンゲージメントバリューとは顧客に対する唯一の答えである必要はありません。各企業が示す態度にすぎません。しかし、そのように態度を示すことでしか共感は生まれないのです。パーパスドリブンコンシューマーと呼ばれる消費者が登場して増えているといわれ、ソーシャルグッドなアンサーを示す企業が高い評価されています。

戦略的な認証マークの活用が支持される

多田:日本では、そういったコミュニケーションを展開している企業は、特にまだ見当たらないようです。

奥谷:日本においては「お客様は神様です」というスタンスが間違っているとは言いませんが、強すぎるきらいがあります。カスタマーハラスメントが発生している一因になっているかもしれません。収益の面でも、簡単には値段を上げられない。むしろ値下げをして価格競争になっている。誰もがハッピーになれず、泣いている。そういった負のスパイラルが起きているように見えます。20年近く在籍し、お世話になった会社だから言うわけではありませんが、その点、良品計画は昔からパーパスドリブンでした。社員に腹落ちしていて、無印良品の商品やメッセージから伝わってくる。ストーリーで消費者とコミュニケーションできています。日本における素晴らしい例で、ベンチマークの一つと言えるでしょう。

多田:売っているのはプロダクトではなく、ライフスタイルですね。

奥谷:海外に目を向けると、天然素材を使ったサステナブルなシューズを売っているオールバーズがパーパスドリブンですね。D2Cで急成長し、実店舗展開には苦しんでいるものの、生き残りを図ってアディダスとコラボレーションするなど、小が大を動かす現象も見られています。ひと昔前であれば「なぜ、こんな小さなメーカーと一緒にやらなければならないんだ」となっていたかもしれません。ところが今は大手の方がB Corp認証取得に動いたりしています。ある意味環境問題への取り組みの免罪符を求めているようにも見えます。そういう視点から、今、認証制度にすごく興味があって、アメリカのポートランドに注目しています。

多田:「全米で最も環境にやさしい街」といわれているオレゴン州最大の都市ですね。

奥谷:ローカル認証として、鮭がコロンビアリバーを遡れる環境を守る「サーモンセーフ認証」というのがあります。基本は水質保全で、水をきれいにするために土地をきれいにする、その結果、海がきれいになるという発想で、クラフトビールやウイスキーの原料となる大麦やホップ、ワインなどが認証を受けています。結果的に流域経済圏を守るだけでなく、その地域の経済圏を作り上げることになります。特にポートランドで印象的だったのは、行政が主導ではなく、市民が積極的に環境保護や、保全を実践しているということです。一方、日本では認証といえば何々県産ポークといったように、なぜか県しばりがあったり、行政主導が多いですよね。厳しい検査をパスしているので品質は間違いないものの、もう少しPRを強化したほうが良いと思います。社長室に認定証が飾ってあるだけではもったいないと感じます。本来、認証を受けることは誇らしくてかっこいいことであり、クールだと思います。せっかく認証を受けたのなら、マーケティングに力を入れて、売れるように販促すべきでしょう。

多田:確かにそうですね。もっと活用した方がいいですね。

奥谷:ローカル認証や、認証基盤はやり方次第で、優れたCXを提供できると思います。そもそも日本は品質基準が高く、機能的価値として当たり前に提供している感覚があるかもしれませんが、もっとマーケットを意識して、環境や社会に貢献し、世の中を良くしていくために、認証を活用して、どのようにマーケティングしていくか。戦略的に考えて、販促活動を展開していく必要があるのではないでしょうか。

<後編>「買いたい」から「買い続けたい」を顧客と共創する販促 カギを握るのは“正直であること”、 そして“未来のありたい姿を問い続けること”へつづく

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