「買い続ける」をテーマに、スコープ販促創造研究所と共同研究を開始した明治大学情報コミュニケーション学部准教授で行動経済学を専門とする後藤晶先生。今回は、スコープで20年以上にわたって販促企画全般に携わり、現在はデータドリブンマーケティングの販促への応用を進めている販促創研フェロー・木賀啓介と対談。店内導線や棚前行動などインストアの販促全般に対する、行動経済学の応用可能性に ついて掘り下げます。
行動経済学×販促から導く 『幸福マーケティング理論』とは?
- 対談・インタビュー
![行動経済学×販促から導く 『幸福マーケティング理論』とは?](https://sp-lab.scope-inc.co.jp/wp-content/uploads/2024/10/kigasangotosan.jpg)
右:明治大学情報コミュニケーション学部准教授 後藤 晶さん
左:スコープ販促研究所フェロー 木賀 啓介
③吸い寄せられる売場と買いたくなる売場の違いとは?
販促活動は顧客が幸せになるためのお手伝い
木賀:私はメーカーで商品ブランドマネジメント全般を長く担当してきたのですが、 お客さまが実際に商品を選んで手に入れるのは買い物の場であり、最終的なゴールである売り買いの現場でお客さまがどういった気持ちの動き方をしているのか。そこに興味を持つようになり、この会社に入りました。お菓子や飲料など日常的に購入される商品の販促に携わり、売場づくり、キャンペーン、SNSを活用した販促施策など幅広く仕掛け、 現在はデータドリブンマーケティングの販促への応用を担当しています。データをもとにした販促の精度の向上や予測などの手法開発に取り組んでいるものの、売場でのリアルな購買行動は数値データ化が難しいのが正直なところです。
後藤:データアナリストの方たちと一緒に取り組んでいらっしゃるわけですね。
木賀:スーパーマーケットの売上データやPOSデータ、最近ではID-POSと呼ばれる顧客情報が紐づいた購買データもあり、販売の結果はわかるようになっていますが、これを予測につなげるのがなかなか難しいところで、課題が多くやりがいがある仕事です。
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スコープ販促創造研究所 フェロー、データドリブンプロモーション事業本部/木賀 啓介
大手住宅設備メーカーで商品ブランド運営に約8年間従事後、様々なブランドの戦略を購買の最前線で実践したいと考え2002年にスコープ入社。菓子、嗜好飲料など大手メーカーや大手流通小売の販促戦略や企画を手掛ける。現在はデータ解析業務の開発部門を統括。
後藤:行動経済学の視点でも面白いことができそうですね。
木賀:そう思っています。たとえば以前、売場のシステム什器を変えて同じ商品を売った場合、どういった陳列がもっとも多く買われるか検証する模擬実験をしました。
後藤:どういう結果が出たのでしょうか。ある程度の予測はできたのですか。
木賀:検証したのは食品で、POPの有無、カラーブロッキング(色によるグルーピング)のほか、売場に馴染ませるか、逆に外すか、整然とした陳列にするか、あえて崩すかなど、いくつかのパターンを用意し、マーケティング・インタビューを実施しました。ピンクの売場は評判が良く、子どもが触れられるギミックがあれば親子連れが足を止めてくれるといった傾向が把握できたものの、最終的に購買につながったと結論付けることはできませんでした。人が寄ってくる売場、最終的に買ってもらえる売場というものが、おぼろげながら見えつつも、残念ながら断定できるまでには至っていません。
後藤:気になって人が寄ってくる売場と、商品が買われる売場は違う、という話は結構聞きますね。品数と購買の研究結果は行動経済学にもあり、品数が多いほど人は寄ってくるが買われず、逆に品数が少ない方が売れる。商品数が豊富だと魅力的に映るものの、選択肢がありすぎて決められないというのです。今回の模擬実験に近い話だと感じました。商品数も情報も多過ぎる現代社会ならではの悩ましい問題ですね。
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明治大学情報コミュニケーション学部准教授、スコープ販促研究所客員研究員/後藤 晶
明治大学大学院情報コミュニケーション研究科修了,博士(情報コミュニケーション学).山梨英和大学助教,多摩大学専任講師を経て,2019年から明治大学情報コミュニケーション学部専任講師,2023年より専任准教授.専門は行動経済学,実験社会科学,社会情報学.主な業績として後藤晶(近刊)「oTreeではじめる社会科学実験入門」(コロナ社)などがある.
木賀:そのため結局は人の意見に頼るとか、AIに聞いて従うという話があります。
後藤:ある意味、効率的に処理ができるかもしれません。しかし気持ちとしては、もやもやしますね。それで幸せなのかな、と。
木賀:同感です。買い物行動は、突き詰めれば、幸せになれるものを手に入れる活動といえます。私たちが手掛けている販促活動を概念的に見れば、幸せになるためのお手伝い。知り合いやAIのレコメンドが役に立つことは間違いありませんが、果たしてそれで幸せと言えるのか。
効果があっても人を欺く販促は結果的に損をする
後藤:便利でも、やりすぎはよくない。バランスが難しいところです。行動経済学の“ナッジ”は本来、より良い行動を自発的に取れるように、肘をつつくようにそっと促す手法ですが、過度な介入は許されるのか、行動を促した結果として人をアンハッピーにするなど、デメリットが生じているのであれば問題ではないか、とモラルを問う議論が起きています。人に害を与えてしまうなど、悪い結果をもたらす負のナッジは、ヘドロや泥を意味する“スラッジ”と呼ばれています。
木賀:消費者の目が利くようになり、簡単におすすめに乗るのは危ないと判断する人もいて、悪意を見透かされることもあるでしょう。スラッジを仕掛ける企業は嫌われるという話になってくるはずです。今、共有価値の創造を軸とするCSV(Creating Shared Value)が経営やマーケティングで重視され、業績向上につながっていますので、幸せを与えて人に好かれる方向に販促が進むことは望ましく、うれしいことです。
後藤:ウェルビーイングな視点がすごく大事で、販促活動は買う人がハッピーにならないとよくないと、私も思います。Web領域のスラッジと呼べるのが、インターフェースがユーザーに不利益を与えるように設計されたダークパターンで、設定された項目にチェックが入ると消費者が不利益を被るページを用いた行動実験をしたことがあります。もともとチェックが入っていないボックスがあると、注意書きがあってもユーザーはよく読まず、チェックを入れてしまうという研究結果があったため、逆にすべての項目にあらかじめチェックが入れてある場合はどうだろうと考えて試してみたら、多くの実験参加者がチェックを外したのです。そう簡単に人を欺くことはできないのではないでしょうか。
木賀:もし容易に企みに引っ掛かってしまった人が多かったとしても、仕掛けた側はいずれ批判にさらされてしまうでしょう。販促でそれをやってしまったら、欺かれた側は、騙した企業の商品を二度と選ぶことはなく、結果的に損をするだけ。売場作りは、人を騙すことなく、選びやすい空間にしていくことが第一です。そこに行動経済学の手法を取り入れていくことで幸せな買い物体験を提供できると期待しています。
中身で判断されるのは、人間も企業も同じ
後藤:商品を買ってもらうためには、ユーザーベネフィットをしっかり伝えることが重要だと思います。実際のメリットは買ってみなければわからないにしろ、この商品を買えばこれだけ幸せになれますよ、こういった良いことがありますよ、といったメリットを明確に示すべきだと感じます。商品名だけを連呼するのはNGでしょう。その点で選挙は面白い比較対象です。
木賀:そうですね。選挙の街宣活動とは真逆になりますね。
後藤:選挙では自分の名前を繰り返し言うことが大事で、私が出馬したとすれば、「後藤晶です。後藤晶、後藤晶をよろしくお願いします」と連呼するのが必勝法と聞いたことがあります。しかし、それは有権者が政策を勉強しておらず、投票所では知っている名前を書くと決めつけている有権者に失礼安易な発想でしょう。
木賀:効果がないとは言い切れませんが、何がメリットなのかを示さなければ、他の商品と比較が価格だけとなり、買い続ける販促とはなり得ない。
後藤:SNSの口コミや自分にとって思い出しやすい情報を判断の手がかりとして選ぶとされる「利用可能性ヒューリスティック」という言葉があります。売り手がきちんとベネフィットを言語化して記憶に残せるように工夫することが大事でしょうね。
木賀:最終的に中身で判断されるのは、人間も企業も同じ。誠実でない相手に乗せられるのは嫌な気がして、結果的にあらゆる面に影響を及ぼす気がします。都合よく騙そうとしても、ばれてしまう。真っ当であることが一番強い気がします。
後藤:そうですね。誰かに損をさせるのではなく、みんながきちんと納得できて得をするのがベストだと思います。そういうマインドで共同研究も進めていきたいですね。
木賀:メーカーにいた立場から言えば、どうやったら便利になるか、快適になるかを作り手は日々本当に真剣に 考えています。食品ならどうおいしいのか、どんな健康が得られるのか 、といったユーザーベネフィットをきちんと伝えるのが売り手の役割であり責任だと思います。
バンドル販売は消費者のためになるのか
後藤:購入意欲がそれほど高くない消費者の興味をそそるため、よく使われるキーワードが「限定」です。期間限定、数量限定、といった言葉に人は弱い。ECでも何時何分までの購入であればポイントが何倍などとやっていますよね。商品名の連呼と同様に、それだけでは良くない気がするものの、一定の効果は見込めるでしょう。
木賀:行動経済学のノウハウを応用した販促活動では、例えば数種類の商品をセットにして価格メリットを出す バンドル販売などがありますが 、長い目で見て消費者のためになるのかという議論が必要になりそうです。
後藤:場合によっては、いらないものまで買わせているわけですからね。私が好きなお酒の話をすれば、希少価値の高い限定品が別の銘柄とセット販売になっているケースが多い。もう1本のお酒はいらないのだけど……と、少し腹を立てつつ買ってしまっています。
木賀:手に入りにくい時期には、それで売れるでしょうが、流通量が増えたら、その手法は通用しないでしょう。
後藤:ずるい商法が嫌がられ、負のレッテルを貼られてしまうかもしれません。結果として売れず、自分で自分の首を絞めることにもなりかねない。
木賀:アテンションを引くのには有効かもしれませんが、ずっとは続けられない。リアルな店舗では、光や音で客寄せする手法もあり、お祭りの露天などであれば、そのスタンスでよいかもしれません。しかし消費者と中長期的な関係性を築くとなると意味を成さない。ドン・キホーテが成功しているのは、賑やかさを出しつつも、その先の面白さを提供できているからでしょう。
後藤:雑多な商品が圧縮陳列され、宝探しをするようなワクワク感があり、体験価値を高めていると感じられます。しかも目当ての商品がきちんと売られていて、しっかりニーズが満たされる。商品特性や顧客タイプにもよるため、一概にこのやり方がよいとは言い切れませんが。
売り場の安定感で勝負する発想もあり
木賀:価値あるものを消費者に買い続けてもらいたい立場から言えば、リアルな買い物体験によってその魅力やベネフィットを感じ取ってもらいたい。能動的にメリットを実感してもらうことが理想です。ドン・キホーテは楽しくてワクワクする売場作りに振り切っていますが、静かで落ち着いて商品探しができることや、いつも置いてあるものが欠けることなく、欲しい時に確実に買えることなど、安定感で勝負する発想もありでしょう。
後藤:百貨店などがそうですね。何をどう買いたいかはターゲットとする消費者の年齢や嗜好によって異なるため、変化をつけなければならないでしょう。
木賀:どちらが正解とは言い切れません。
後藤:水やお米など生活必需品が雑然と売られていたらどうか。あるいはお菓子が整然と売られていたらどうか。商品によっても違いがあるため、きめ細かく検証する必要がありそうです。
木賀:贈答品は別として、スナックやチョコレートなどの菓子類は、いろんな種類が雑多にある中から探す方が楽しい。ポジティブな買い物体験の提供が効果を発揮しそうです。その一方、地震や台風に備える防災用品などの場合、恐怖心をあおる手法もあり、ネガティブな感情に訴えることがあります。
後藤:まさにそれはアカデミックな根拠を示せないかと考えている事象です。ものすごく楽しい、ものすごく怖い、と感情が両極端に振れている時、人は衝動買いしてしまいます。しかし、その程度が軽いと、大丈夫と判断して、衝動買いを控える傾向になるようです。恐怖心が強過ぎると、あれもこれもと衝動買いをさせてしまうため、過度に煽るのはどうか。必要なものは、その理由をきちんと示して、淡々と伝えるべきではないかと思いますね。