スコープ販促創造研究所

行動経済学×販促から導く 『幸福マーケティング理論』とは?

行動経済学×販促から導く 『幸福マーケティング理論』とは?

右:明治大学情報コミュニケーション学部准教授 後藤 晶さん
左:スコープ販促研究所フェロー 木賀 啓介

④「買い続けたい」売場に欠かせないものとは?

行動経済学を専門とする後藤晶先生と販促創研フェロー・木賀啓介との「買い続けたい」売場を考える対談。「すごく楽しい」、「すごく怖い」と感情が両極端に振れている場合、人は衝動買いする傾向が見られるものの、過度に煽るべきではないという見解を後藤先生は示します。一方、スコープでは防災に絡めた店頭実験を行ったことがあり、後編はそこからインストアの販促を成功させる方法を探っていきます。

他者を巻き込む訴求が効果を発揮する

木賀:恐怖訴求は効くのか。そして誰にメリットがあるのか。店頭で実験したことがあります。9月の防災の日と敬老の日に絡めて、おじいちゃん、おばあちゃんといった身内の高齢者に防災グッズをプレゼントしてはどうかと考えて実施しました。「何の備えもなければ、おばあちゃんが大変な目にあってしまいます」「転ばぬ先の杖ですよ」と、さまざまな表現で訴求をしてみたものの、明確な差を出せるまでには至りませんでした。単純に怖がらせるか、あるいは理詰めで理解させるか、どちらが効果的なのか、まだ突き詰められてはいません。

後藤:防災の話では、大阪大学のグループによる広島での研究があります。避難を促すアナウンスの検証で「あなたが避難をしないと他の人の命が危険にさらされてしまいます」と、自分の行動についてネガティブな方向性で訴えるとともに、他者を巻き込む訴求をしたところ、効果を発揮したそうです。

明治大学情報コミュニケーション学部准教授、スコープ販促研究所客員研究員/後藤 晶

明治大学大学院情報コミュニケーション研究科修了,博士(情報コミュニケーション学).山梨英和大学助教,多摩大学専任講師を経て,2019年から明治大学情報コミュニケーション学部専任講師,2023年より専任准教授.専門は行動経済学,実験社会科学,社会情報学.主な業績として後藤晶(近刊)「oTreeではじめる社会科学実験入門」(コロナ社)などがある.

木賀:自分よりも身内のために行動すべきという価値観は、実験当時よりもすごく広がっていると感じます。また、ネットの普及で得られる情報が爆発的に増えた影響で「身内」と考える範囲も拡大しやすくなっている時代だと思います。昔であれば自分と家族までの範囲だったのが、今はどこまでが身内と考えられているのか。ある意味、店舗やメーカーを身内とみなしてもらえれば支持を得られて「買い続けて頂ける」のではないでしょうか。これが目指すべき方向のような気がします。

後藤:「集団間バイアス」と呼ばれる現象があり、自分が所属する集団や仲間だと思って好意的になるイングループ、自分と競争や対立をしている集団と認識して敵対的になるアウトグループに分けられます。たとえば、どのような絵が好きかなど、案外簡単な事柄でグルーピングできるため、囲い込みの方法としては有効なのかもしれません。ファンマーケティングという言葉がクローズアップされている時代でもありますしね。企業と個人の境界線があいまいになってしまう危険性をはらむため、線引きは必要かと思いますが、店舗がお客様を身内にしてしまう発想はありかもしれません。

複数のグループによる競争を共創に

木賀:ファンマーケティングにトライしようとする企業や店舗は着実に増えていまして、アプリの活用など、われわれも支援していこうとしています。ただ、消費者にファンになってもらい、身内のような関係性を築きたいと思いつつも、その意識が強く押し出されると、あざとく感じられそうで、加減が難しいと感じています。

スコープ販促創造研究所 フェロー、データドリブンプロモーション事業本部/木賀 啓介

大手住宅設備メーカーで商品ブランド運営に約8年間従事後、様々なブランドの戦略を購買の最前線で実践したいと考え2002年にスコープ入社。菓子、嗜好飲料など大手メーカーや大手流通小売の販促戦略や企画を手掛ける。現在はデータ解析業務の開発部門を統括。

後藤:ひとつのグループをつくるだけではリスクがあるように思われます。複数のグループで競うかたちにするとよいかもしれません。アイドルグループではその戦略が奏功していますよね。アイドルグループのどこ推し、誰推しみたいな。キャラクターの総選挙などもそうですよね。健全に競争していてハッピーなゲームになっている。そのあたりの発想から販促の必勝セオリーが生まれたら面白いですね。

木賀:野球やサッカーなどスポーツの世界でもそうですね。競争によって気持ちが入って盛り上がる。推し同士が競う中でお互いに良い影響を及ぼして、競争が共創につながっていけば理想的です。よい刺激を与え合い、エネルギーが引き出されて、元気になる方向に作用する気がします。

後藤:敵対する必要はありませんからね。そういったマーケティングや売り方ができれば楽しいでしょうね。

多様性の時代なのに寛容さがなくなっている

後藤:消費者の購買心理としては、若者、シニアを問わず、自分がつながっている人の意見しか聞かない傾向が強くなっているようです。自分と似た興味関心を持つ人とだけつながり、意見交換し、自分と似た意見ばかりが返ってくる状況をエコーチェンバー現象といって、実際は多種多様な意見や評価があるにもかかわらず、自分との関わりが薄い情報は目にも耳にも入らず、みんなが同じことを考えていると思い込んでしまっている。視野が狭まり、想像力が衰えてしまっているのは怖いことです。

木賀:新しいことをアピールするのは本来、マーケティング手法として効果的ですが、目新しすぎるもの、行き過ぎていて身近に感じられないものは、自分に縁遠いものとして排除されがちです。コミュニケーションの取り方が変わってきている気がします。

後藤:多様性の時代だ。いろんなものを認めて受け入れよう。そう言われながらも、むしろ寛容さがなくなっているのかもしれません。確かに多様性は重要ですが、考え方に違いがあることに気付かない人がいて、その一方で、多様性ハラスメントを受けているような感覚もある。新型コロナウイルスの流行もあって、従来あった考え方が転換され、いろいろな価値観が生まれて一気に動き出したものの、人々の意識がまだ、そこに追いつけていないようです。

不信の念から透明性が求められている

木賀:情報の扱い方も大きく変わりました。いくらでも情報が手に入り、選ぶことができ、さらには自分で発信もできる。メーカーの戦略も売り手の論理も、すべてが透けて見えるようになりました。その結果、みんな騙されないように暮らしたいと思う気持ちが強くなり、それが買物行動にも反映されているように思われます。外から入ってきた情報をそのまま受け止める人は少なくなり、真っ当、誠実といった姿勢が、これからの消費行動を左右していきそうです。

後藤:透明性が求められるのは、不信の念を抱かれているからでしょう。要は売り手が買い手に信用・信頼されていない。北海道大学の名誉教授で社会心理学者の故・山岸俊男先生は日本の社会秩序のあり方は「安心社会」であるために、相手を信頼できるかどうかを十分に考慮しなくても良かったと指摘されています。安心社会というのは、簡単にいえば、他人の目があるから悪いことができない社会で、人のモラルや良心を信じているわけでなく、信頼をされていないという見方です。今の人の買い物行動も安心社会の上に成り立っているとすれば、あまり幸せではない気がします。

木賀:必要以上に怖がって暮らしているのかもしれませんね。買い物するにも、常に不安定な心持ちで「本当にこれは大丈夫なのか?」と疑心暗鬼になっているのかもしれない。

後藤:どうやったら信頼を獲得できるのかがカギになるのかもしれません。厳しくいえば、すでに売り手は信頼を失っていて、それをどうやって取り戻せるか、果たして取り戻せるのか。情報がなかった昔は、そこにあるものを黙って買うだけだったかもしれませんが、今はまったく異なっていますし、時代を遡って戻ることはできません。どんなに小さいことでも、とにかくコツコツと信頼を積み重ねていく、努力をしていくしかないでしょう。

木賀:最終的には、やはりそこに行き着くのかもしれませんね。真っ当に、誠実に商売していかなければならない。

後藤:このお店は悪いことをしない。今までそうだったから、これからもそうだろう。そういった真っ当な印象付けが必要でしょうね。個人でも情報を発信できるし、物を作って売ることだってできる時代です。企業と人の関係性は、同じ目線に立って、信頼関係を紡いでいけるかどうか。売るためには、そういったことを意識していかなければならないと感じます。

問われるのは信頼関係の築き方

木賀:とくにリアルな売場はECの普及でその役割が変化しています。情緒的というか血が通ったような価値が感じられる売場、その期待が持てる売場が求められ、その役割を徹底できれば販売力は強くなる気がします。後藤先生はECをよく利用されますか。

後藤:はい。本をよく買います。研究書は書店で手に入りにくく、取り扱いがない場合が多いですから。ECなら探すのも簡単で自宅まで届けてもらえるのでかなり頼りにしています。

木賀:私たちが主に販促に携わっている食品や日用品などはどうですか。

後藤:定期的に買い求める商品はECでの購入が多くなっています。たとえば私は海苔が好きで、お酒を飲む時につまみにしたい銘柄の海苔があるのです。Amazonで取り扱いがあるため、月2個定期配送してもらっています。また水など重くて運ぶのが大変なものはスーパーといったリアルな小売店舗よりもECで買う方が楽で、有利なのではないでしょうか。その一方、やはり新しい商品はリアルな店舗で選ばれると感じています。ネットでのレコメンドやSNS経由ですすめられることがあっても、商品に直に触れられるリアルな店舗の方が実際の購入チャネルとしては強いのではないでしょうか。

売れる商品にはストーリーがある

木賀:売れるだけでなく「買い続けたい」と思われる売場づくりという視点ではいかがでしょうか。やはり真っ当で誠実で、買った側が幸せに感じるような売場となるとは思いますが。その場、その瞬間だけが楽しいという買い物体験とは少し意味合いが違ってきますので。

後藤:やはり信頼関係の築き方が問われるでしょう。企業と人を隔てる垣根が低くなり、企業も人と同じような見方をされる世の中。売場に立つ人はもちろん、中の人も見られています。何でも見透かされることを意識して、透明性の確保に努めることが求められます。野菜売場に並んだ商品に、生産者である農家の人の顔が写真で確認できるのも、売られるまでのプロセスを明らかにしていて、望ましいやり方の一つだと思います。

木賀:ストーリーがあり、それを伝えると売れるという話もあります。

後藤:クラウドファンディングやふるさと納税など寄付を募る場合も、ストーリーがある方が集まりやすい。感情移入ができればより効果的です。売場でストーリーを伝えて、どこまで売上を強化できるか。ちょっと見てみたいですね。

木賀:売場の枠を超えて、そこに並ぶまでの流通を含めた活動全体を明らかにするという話になりますね。俯瞰して販促を考えなければならない。当然、立地や客層に合わせて展開していく必要もあるでしょう。情報とデータの収集や活用は、ひと昔と比べて明らかにやりやすくなっていますから、しっかり取り組んでいきたいですし、何でも見透かされてしまう時代ですから、その手法やプロセスもないがしろにはできません。

後藤:ずるいこと、悪いこと、人を欺こうとするようなことはできないでしょう。まるで対人関係の話みたいですが。

考えるべきは幸せが買える売場

後藤:買い手を幸せにするために何ができるのか。ブータンの国民総幸福量ではないですが、新しい販促マーケティングにはその視点が欠かせないといえそうですね。

木賀:消費者は物を買う以上に幸せを買っている。売る側は儲けを考える以前に、そこに細かく配慮した売場作りをしなければならない。

後藤:これからの企業にとって、すごく大事で、欠かせない姿勢といえるでしょう。信頼されているからこそ買い続けられて売上が向上し、儲けが出るのです。

木賀:偽悪的な発想ですが、儲けたいから信頼される企業になろうとするのも、結果的に買う人に幸せを感じてもらえれば、別に構わない気がします。経営する上では利益を確保するのは当然のこと。人を騙したり、不幸にしたりして儲けることはしない。それを約束することが大切でしょう。

後藤:まずは何よりも、意識を変えることが大事といえそうです。

木賀:その通りですね。本日はありがとうございました。

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