2024 秋に始動した スコープ 販促創造研究所。「買い続ける」をテーマに、明治大学情報コミュニケーション学部准教授で行動経済学を専門とする後藤晶先生と共同研究を開始しました。これから、販促に行動経済学がどのように関わっているのかを深く掘り下げていきます。共同研究を開始するにあたって、後藤先生とスコープ販促創造研究所所長・多田みゆきが対談を行い、店外販促とカスタマージャーニーについて、それぞれの視点から迫りました。後編では、「買いたくなる」気持ちの変化について語り合いました。
行動経済学×販促から導く 『幸福マーケティング理論』とは?
- 対談・インタビュー
②「買いたい」気持ちの出発点は?
他人の持ち物を欲しくなる人、ならない人
多田:チラシやアプリを活用した販促ももちろん大事ですが、やはり口コミ、特に身近な人からのオススメは強力に効きます。消費者に商品を話題化してもらうためにはどうすればいいのか?という点についてはどのようにお考えですか。
明治大学情報コミュニケーション学部准教授、スコープ販促研究所客員研究員/後藤 晶
明治大学大学院情報コミュニケーション研究科修了,博士(情報コミュニケーション学).山梨英和大学助教,多摩大学専任講師を経て,2019年から明治大学情報コミュニケーション学部専任講師,2023年より専任准教授.専門は行動経済学,実験社会科学,社会情報学.主な業績として後藤晶(近刊)「oTreeではじめる社会科学実験入門」(コロナ社)などがある.
後藤:「見せびらかし消費」と呼ばれ、高価格であったり、ブランドイメージが確立されたりしている商品の需要が高まる「ウェブレン効果」(=顕示効果)をベースに検証していけるかもしれません。 実際のところはどうなのか、アンケートを取るなどして聞いてみたいですね。 また、社会的証明の心理傾向としては、人が持っているから欲しくなる「バンドワゴン効果」、逆に人が持っていることで嫌になる「スノッブ効果」などがあります。他の人についていきたい人、独自性欲求が強い人、両方のタイプがいますので、 一概にどちらが正解とはいえません。しかし、それを分析してみることが大切であり、口コミに注目するのは、その第一歩だと思います。
スコープ販促創造研究所所長/多田 みゆき
2006年、スコープ入社後、大手流通小売のオムニチャネル事業のほか、店頭催事販促の業務に従事した後、企画部門に異動。1年間を52週に分け、データやトレンド分析に基づいた1週間ごとの販促を企画する“52週販促”企画を10年ほど担当し、大手流通小売のチラシ販促やメーカークライアント業務に携わる。近年は52週販促のスキームも用いながら、歳時ごとの市場動向予測を発信し、販売・購買両側からのモチベーション開発も行っている。
多田:バンドワゴン効果もスノッブ効果も、どちらも共感できる心理です。SNSが発達している現代では「炎上」という形で話題になることもあります。一番つまらないのは、話題にも上らないことじゃないかとも思ったり……。
後藤:研究者も、やはり自分の研究に関わる話が出るとうれしいですしね。出なくても、それはそれで頑張るしかないと言い聞かせてやり続けるしかありませんけど……。
結局は最初に選んだ商品に戻ってくる
多田:購買意欲を刺激して、買った後に話題にしてもらう、その次はどうやってリピーターになってもらうか。LTVを高める施策を考えていきたいと思います。
後藤:自分に何かリピートしているものがあるかといえば……、PCがそうですね。操作感に慣れてしまっているので特定のメーカーを継続しています。他のメーカーの PC も使うことはありますが、キーボードを打つ感触が違うな、とか、いろいろあって。
多田:PCといえば、さまざまなPCメーカーで学割制度がありますが、人生で最初に手にするデバイスの影響は大きいですよね。我が家の娘は中学校入学時にスマホを買いましたが、彼女は今後、他のメーカーのデバイスにしないんじゃないかな。同ブランドのPCも欲しいらしいです。
後藤:意思決定する場合に最初の選択に従ってしまう「デフォルト効果」で、ずっと 同じメーカーの製品を選び続ける傾向が強くなるでしょうね。また「現状維持バイアス」という心理的作用で、変えるのが面倒に感じられてしまう。ですから、初期値となる商品や購買体験を作れると強い。100%とはいえませんが、別の選択をしても、また戻ってくる確率は高いでしょう。
多田:子どもが小さいときに使ったり食べたりする商品のブランディングにもそれは有効な気がします。思春期を迎えると高機能な商品や流行のものを選ぶようになりがちですが、さらに成長して大人になり、結婚して子どもが生まれたら、その子のために自分が小さいときに馴染みのあった商品を買っているという……。ものすごく長い目で見て、LTV 施策が成立するというか。この夏、某家族シャンプーの広告シリーズでは、子育ての中で味わう子どもの成長のうれしさと寂しさを表現したシーンの描き方が共感を呼び、SNS上で大きな話題になりました。家族の形が多様化している今でも、子どもに対する想いや子育て中の苦労は普遍で、多くの人が自分の経験に置き換えて共感し好感を持ったのではないでしょうか。
後藤:別の選択をしていた人が、最初に使った商品を思い出して、また使おうという感情になって、戻ってくる……という行動を取ってくれそうですよね。
多田:リピーターの獲得には、習慣化するという手もありますよね。 消費行動の習慣を解き明かして打ち手を考えることはできると思いますか。
後藤:できそうな気はしています。ちょうど、行動経済学者の山根承子さんが書いた『努力は仕組み化できる』という本を読んでいたのですが、努力を行動経済学や心理学の観点から捉え直すことで仕組み化するという内容で、何かを継続するという点では近いかもしれません。息を吸うように始められて、気付けば習慣化されているという、そのメソッドを参考に考えてみるのも、ひとつの手でしょう。
多田:最近では、広い商業施設内にウォーキングコースを設けた施策が気になっていました。アプリにウォーキング機能を搭載し、歩数に応じてくじが引けて、ポイントを貯められるようになっています。モール内ですから天候に関係なく毎日歩けて、運動とともに来店を習慣化する効果が期待できます。
後藤:インセンティブを積み上げていくやり方は習慣化につながりやすいですからね。ちょっとしたことでも効果が見込めます。
Z世代は本当にタイパ重視なのか?
多田:消費行動と時間効率の関係については、どうお考えですか。たとえばZ世代を中心とする今の若い世代はタイパ至上主義のように思われがちです。しかし私には時間をかける対象を選別しているだけのように見えます。たとえば、気に入った映画を繰り返し観に行ったり、推しのイベントには遠距離でも時間をかけて出かけるなど、内容に魅力や価値を感じられれば、日頃はタイパやコスパをすごく気にする人も、個人的な嗜好と合致すれば、惜しみなく時間もお金も使っています。
後藤:何に時間をかけるべきかを選別できていないというか、わかっていない場合もあるかもしれません。たとえば勉強は、長い時間をかけた方が将来的なリターンが大きいでしょう。しかし人間は、 目の前にぶら下がったニンジンに弱い生き物なので……。すぐに獲得できる報酬ほど価値が大きく、もらえるのが遅くなるにつれて価値が減少していくように感じられる人間の性質を「双曲割引 」といって、人は中長期的な利益ではなく短期的な利益に目が向けてしまう傾向にあるのです。
多田:売る側にすれば、短期的な成果を出しやすいよう性質にも思えます。でも、LTVを高める視点から見ると、必ずしも都合が良いとは限らないですね。
後藤:目先の利益に引かれてしまうのは人間の性質なので、衝動に逆らうのは難しい。それだけに内容が問われますね。その人が、何に時間やお金をかけるべきと考えているのか。 価値観が問われている世の中といえそうです。難しいのは、効率化できる行為と効率化すべきではない行為の線引きといえるでしょう。
多田:出費と消費の対象が細分化されて、結果的に個人化が加速しているようにも感じられます。
後藤:その分、消費者にとっては、自分が何に時間とお金を使うべきか選択する手間がかかるようになって、大きな負担がかかっている気もしますね。一方、個人の嗜好に合わせた価値を丁寧に追及すれば、ずっと買い続けてもらえるようになりやすい、という時代でもあると思います。
ワケありの「ワケ」を伝える効果
後藤:エコやサステナビリティに関心を寄せるのは、どちらかというと暮らしに余裕のある人たちですよね。こうした人たちには生活する中での商品選びで、低価格帯と高価格帯の二者択一であれば、やはり低価格帯の商品を手に取るものの、同じ価格帯、あるいは高価格帯の商品の中から選ぶのであれば、環境にやさしい方に価値を見出す傾向にあると思います.
多田:同じ程度の価格帯であれば、そうなるでしょうね。あとはフードロス対策で値引きされた商品を選ぶことでも、エコやサステナビリティに貢献している意識が持てます。割引シールに「フードロスにご協力いただき、ありがとうございます」と書いてあると、実際の決め手は安くなったことでも、エコな消費をしたよね、という満足感が持てます。
後藤:買い過ぎの言い訳にもなりますからね。安くもなっているし、エコだから、と。社会的責任を果たし、誠実な取り組みをしているかどうかは、今、すごく重視されますよね。
多田:ここしばらく、その傾向がずっと続いています。
後藤:野菜を売っていて「以前より品質が下がっています」などと、自分たちにとって都合の悪いことでも包み隠さず伝えるスーパーマーケットのワケありPOPなどもありますね。どういうマインドなのか考察したいと卒論のテーマにした学生もいました。
多田:ワケありの「ワケ」の部分をしっかり伝えると、消費者に誠実なイメージを持ってもらえそうです。
未来の購買行動はどう変化する?
多田:人間の行動や心理から、未来の購買行動はどのように変わっていくと思いますか。
後藤:どのくらいドラスティックに変化していくか。予測するのは難しいですが、結局のところは、何を買うか、買わないか。以前からそうだとは思いますが、われわれの消費活動は家にいるときから始まっています。「買いたい」という動機付けをして、背中を押すツールは、以前はチラシやカタログだけでした。しかし今は Web もあり、現代社会に生きている人は昼夜を問わず欲しい商品を探しています。昼間にチラシを見る程度だったのが、明るい時間だけでなく、夜、ふとんの中でも、何を買おうかな、と悩んでいる。本来、買い物は楽しいものであるはずであり、そうあってほしい。にもかかわらず、ずっと考えていて、悩んでいる。苦痛になってしまうこともあるのではないかと心配になります。
多田:いつまでも考えて、買った後に本当にこれで良かったのか?と悩み続けることもありそうですね。であれば、選び方も、買う物も、昔のように選択肢の少ない時代に戻った方が良いという考え方もあります。現代社会は情報量が多すぎて、アメリカでは若者がスマホを捨てて、ガラケーに回帰しているという話も聞かれます。
後藤:しかし、それはそれで不便だな、と思います。店舗のあり方や役割も変わってきていて、少しずつ、絶えず、常に変化している状態なのではないでしょうか。
多田:店舗のあり方や役割の変化としては、昔は商品を知って検討した後、店舗で買うという単純な流れでしたが、今は認知・検討・購買のタッチポイントが多様化し、返品・リユースなどのニーズも生まれ、売場がいろいろな役割を担わなければならなくなっています。
後藤:商品をシェアして拡散される場でもありますしね。かなりややこしくなってしまっている。少し前までは、リアルな店舗は、検討して目星をつけた商品を実際に見て、触る場になっていると思っていました。最終的に買うのは Web で、ショールーム化しているというか。
多田:家電売場などは、何年も前からそれに近くなっていますね。完全に体験に振り切って、商品を一切売らない売場もあります。
「適切」なレコメンドとタイミングが重要に
後藤:顧客体験がいろいろ変わってきている中、売場作りはとにかく大変になってきているのでしょうね。売れる売場とは何か。さらには「買い続けられる」売場とはなにか。私なりに考えてみると、理想的なのは、適切なレコメンドを、適切なタイミングで受けられる、そんな売場ですね。ものすごい情報処理能力と知識量が問われ、それはそれで大変そうですが。
多田:エキスパートが持つ専門知識を従業員全員で活用できる仕組みを作るなど、 DX で後方支援を行えば、情報と知識の面はクリアできるかもしれません。むしろ最大の課題といえそうなのは、何をもって「適切」といえるのか? 人によって違いがあるため、そこに行動経済学や行動科学,実験社会科学の視点や知見があれば役立つと思います。究極的にはパーソナライズ最適化を目指すべきかもしれません。
後藤:なるほど。今日の話の中だけでも、研究のネタがたくさん転がっていることがわかりました。あれもやれなきゃ、これもやらなきゃ、と思ってしまいますね。
多田:本日は興味深いお話をたくさんありがとうございました。
後藤:こちらこそ。ありがとうございました。