スコープ販促創造研究所

<後編>「買いたい」から「買い続けたい」を顧客と共創する販促 カギを握るのは“正直であること”、 そして“未来のありたい姿を問い続けること”

<後編>「買いたい」から「買い続けたい」を顧客と共創する販促 カギを握るのは“正直であること”、 そして“未来のありたい姿を問い続けること”

右から
メンバーズ 執行役員 原 裕さん
スコープ販促研究所所長 多田 みゆき
顧客時間 共同CEO 奥谷 孝司さん

消費者にとって本当の意味での“お得”とは?

「買いたい」を「買い続けたい」に変えていくために、どのような販促活動を展開していくべきか――。未来の販促のあり方を創造していくスコープ販促創造研究所。前回に引き続き、客員研究員としてお迎えしたメンバーズ執行役員・原裕さん、顧客時間共同CEO・奥谷孝司さん、そして所長の多田みゆきによる鼎談をお届けします。今、企業が考えるべきこととは?売り手と買い手の理想的な関係性とは?目指すべきゴールに向けて、後編ではさらに深い議論が繰り広げられました。

正直な会社は応援したくなる

多田:実は、スコープ販促創造研究所を立ち上げた目的として、弊社が35年間にわたって店頭販促を支援してきた歴史を振り返る意味もありますが、従来型の販促へのアンチテーゼもあります。いつまでも割引、クーポン、おまけという、商品やサービスのど真ん中での勝負を避けた、瞬間的に売上げを確保する販促ではいけない。「買いたい」から「買い続けたい」へと販促そのものを変えていかなければならない。そう思っているのです。そのためにはやはり、お二人にお話していただいたように、売り手と買い手が絆を紡ぎ、商品の後ろにあるメッセージとして発信することで、共感を生まなければならないと感じています。

:クーポンやポイントを否定するわけではありませんが、今の時代、それだけならばデータとAIの活用で事足りてしまい、他社との差別化はできません。ですから、そこで終わってしまってはいけない。「次に求められることは何か?」「新しい価値観とは?」と、未来志向で探究し続けなければいけません。今まさに世界中でソーシャルグッドを追求する人が増えていて、ローカル認証のように、そこに参加するルールも生まれています。そういった時流をマーケターや流通・小売業者といった企業は捉えて、販促に取り入れなければならないでしょう。

メンバーズ 執行役員、スコープ販促創造研究所客員研究員/原 裕さん

アメリカン・エキスプレス・インターナショナル Inc.加盟店営業・マーケティング、キーアカウントマネージャー、Thompson Dialog 取締役ジェネラルマネージャーを経て、1999年より株式会社メンバーズにて大手企業のデジタル・マーケティング支援を行う。2023年よりメンバーズ 脱炭素DXカンパニーに所属し、企業の脱炭素推進支援を行う。著書として「フェイスブック・インパクト」「エンゲージメント・マーケティング」「SDGsが生み出す未来のビジネス」「脱炭素DX」など

多田:好む好まざるに関係なく、時代の流れとして、そうなっていきますね。

:とはいえ、企業の側ではどう対処していくべきかわからない。ですから、私達に求められているのは、幅広い知見を持ち、時代に沿った新しい販促のカタチを提案していくことではないでしょうか。例えばフランスでは、政府が小売店に対して、容量削減によるステルス値上げの店頭表示を義務付け、怠った場合は罰金が科せられることになりました。日本には関係ないことだからと一切触れないか。将来の可能性も見据えて一緒に考えていきましょうと提案するか。向き合い方によって大きな違いが生じると思います。

奥谷:僕は食べ残しを出したくないので、表示のあるなしにかかわらず、量があるよりも少ない方を選びたいですね。多くの先進国では企業に対する環境への配慮を国民はもちろん政治も求める時代です。そういった取り組みをする率先して行く会社が日本にも出てきてほしいと思います。また、そのことを販促に生かしていくべきだと思います。そうしない会社が人をだましてものを売っているとは言いませんが、正しく伝えてくれる会社は応援したくなります。量の多い商品を買ってムダになるのが嫌な人、使い切りたい人も少なからずいるでしょう。「実はこういう理由で少なくしています」とトリックを明かしてもいい。

顧客時間 共同CEO、スコープ販促創造研究所客員研究員/奥谷 孝司さん

1997年良品計画入社後、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、「足なり直角靴下」を開発し定番ヒット商品に育てる。2010年「MUJI passport」をプロデュース。 2015年にオイシックス・ラ・大地に入社し、COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)就任。 2017年にEngagement Commerce Labを設立。 2018年より顧客時間共同CEO。

楽、簡単、便利が売れるとは限らない

多田:今までは金額の面で得をさせることが消費者のためだと思われてきました。しかし「消費者にとって本当の意味でのお得とは何だろう?」と、改めて考えるべき時期ですね。

奥谷量が多い商品がお得だとは言い切れない。そういった視点を持つことが大切で、使い切りを価値として提案してもいいと思います。無理をすれば、品質が粗悪になりかねないし、仕入れ先が苦しむだけかもしれません。もしマス広告に莫大な予算を投じているのなら、店舗で実証実験をしてPDCAを回すことに少し予算を割いてもよいのではないでしょうか。

多田:マス広告の出稿費と比べると、それほど予算はかからないでしょうね。

スコープ販促創造研究所® 所長/多田 みゆき

2006年、スコープ入社後、大手流通小売のオムニチャネル事業のほか、店頭催事販促の業務に従事した後、企画部門に異動。1年間を52週に分け、データやトレンド分析に基づいた1週間ごとの販促を企画する“52週販促”企画を10年ほど担当し、大手流通小売のチラシ販促やメーカークライアント業務に携わる。近年は52週販促のスキームも用いながら、歳時ごとの市場動向予測を発信し、販売・購買両側からのモチベーション開発も行っている。

:お客様と一緒に考えて、変えていければ、これも共創であり、お客様と一緒にワクワクできることの一つだと思います。先ほど奥谷さんがおっしゃったような、トリックを明かす行為もマーケティングコミュニケーションになると思います。

奥谷:アメリカでは今、リユース品をユーズド(Used=中古品)やリユースト(Reused=再利用)と言わずにプレオウンド(Pre owned)、つまり「かつて誰かが持っていた」といった言い方をされることがあります。これもマーケティングの力だと思います。受け止められ方、そして感じられる価値が全然違ってくるでしょう。

:私はこの5~6年で、またアナログレコードを30年ぶりに買うようになりました。レコードショップに行くと、たくさん人がいて、若い人も来ているし、海外の人もすごく多い。ネットで買えるものでも、店に足を運んで大量のレコードが入れられた「エサ箱」を漁るのがたまらないわけです。聴くのも、片面20分や25分で終わったらひっくり返して、針を落とすのも老眼だと大変です。この手間が若い人には新しい体験であり、大変さに価値を感じているのでしょう。

多田:カメラもそうですね。写真を撮るだけならスマホで十分ですが、構えてファインダーをのぞく行為が体験価値として好まれ、高いフィルムカメラが売れています。楽、簡単、便利が喜ばれるとは言い切れない。

:食品は表示を細かく見る人が増えています。環境配慮、安全・安心を確かめる人が増えている中、認証はもちろん、製造過程でどのくらいの環境負荷がかかっているか、気候変動にどのような影響を与えているか、CO2の排出量はどれだけか、原材料や賞味期限などとともに書かれていてもよいでしょう。ちょっと待っててくださいね。(靴を脱き出す……)

多田:どうされました?

:これオールバーズで、かかとの部分に「9.92kg Co2」とあります。カーボンフットプリントといって、原材料調達から廃棄・リサイクルに至る過程を通して排出される温室効果ガスの排出量がCO2に換算して表示されているのです。この量が多いのか少ないのか、多くの人はわからないでしょう。しかし、透明性がこれからの価値観として重要なのです。社会問題に真面目に向き合っている証になります。

奥谷:これが態度を示すということですね。

多田:きっと履こうと思う人も出てきますね。

:CO2排出量をもっと少なくできているメーカーが他にあるかもしれません。しかし、それでも構わないのです。他社の製品より排出量が多かったら買ってもらえないかもしれないと心配かもしれませんが、軸はそこではなくて透明性ですから。マーケティングコミュニケーションによって環境配慮の意識が生まれ、高まるのなら、間違いなくやったほうがいい。

エンゲージメントは質の経営から生まれる

多田:社会的なメッセージを強く発信することによって、消費者からという怖さもあるのではないでしょうか。

奥谷:それはどうでしょう。私は経営には量の経営と質の経営の2種類があると思います。ただ、これまでの潮流は量の経営をしないと偉くなれない、稼げないと思っています。一方、質の経営は考えなければならないことがたくさんあって面倒くさいともいえます。顧客と直接繋がり、訳あって高いものを顧客に少量で提供していく、そしてデジタルを通して顧客と長い時間をかけて繋がり続ける。このような質の経営を実践してもなかなか評価されない。 D2Cも日本では安くなければいけないと考えられています。100個、200個しか売れないものを作っても仕方がない、こっちは毎週2万個売っているんだ、と。経営者、社会がそれを正解と見なせば、誰も質の経営には乗り出さなくなってしまいます。日本において大きな顧客変化が起きないのはなぜか?私はそのような意識が、企業や顧客に染み付いているからのように思います。安い、量が多い、それだけの販促ではなく、違う販促を模索してみる必要があります。量の経営も会社の維持発展には不可欠ですが、これからの時代質の経営からしかエンゲージメントは生まれない。僕はそう思っています。今、デジタルの時代ですから、質の経営でエンゲージメントを作って、顧客基盤を構築できれば、いつしか量の経営にも寄与することになっている可能性は高い。早いうちに着手してやってみる価値はあるはずです。

多田:「作ったものの売れない」という心配する声も上がりそうですが……。

奥谷:それは何であってもそうでしょう。売るためにどうするか、意識してがんばらなければ。視点が売上至上主義のままでは、いつまで経っても顧客解像度は上がりません。レッドオーシャンで勝負する構図も変わらない。ブルーオーシャンを目指すなら、やはり質の経営に取り組むべきでしょう。質の経営には小規模なビジネスもリスペクトしようぜ、と呼びかけることにもなると僕は思います。

多田:量の経営だけでなく、質の経営に乗り出した実例は何かあるのでしょうか。

奥谷:パタゴニアが「リクラフテッド」という、古着を補修して販売することで、新しい価値を作り出す試みをしています。従来型の量の経営だけでは、売れたアイテムが古着屋に流れたり、C2Cマーケットで流通したりするだけですから。量の経営、質の経営、両方やりながらでもよいと思います。

多田:メーカーが手掛ける安心感がありますし、環境意識の高い人は言うまでもなく、ヴィンテージ好きにも受けそうです。

奥谷顧客、社会が変われば、売場、経営も変わるのが当たり前。顧客自体が社会を考えるようになっている中、企業も顧客との関係性について考え直さなければならない。それもCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)だと思います。

5年後の自社あるいは自社製品の価値はどうなっているのだろうか?の問いが重要

多田:販促はどのように変わっていくと思われますか。

奥谷:どのような売場を創造していくか。そして売場を離れた時であっても、どのようにつながっているか。それが重要になってくるでしょう。メルマガの登録やアプリのインストールをしてもらって情報を発信し、クーポンなどを流す方法も悪くないものの、忘れてはいけないのが、そこに魂が、企業としての態度が込められているかどうかです。どのようなツールを使うかどうか以上に、問われるのは、どのようにして一緒に顧客時間をエンジョイするか。パーパスに共感する人同士の共創がカギとなるでしょう。

:パーパスがエンゲージメントバリュー(顧客とつながっている価値)になっていなければならない。販促もポスターを貼るだけではいけないし、確かな商品・サービスがあった上で、しっかりコミュニケーションが取れているかどうかが問われますね。「コミュニケーションのベースはここにあります」と明言できるレベルで一丸となって販促を展開していかなければならない。

多田:連携が分断されてしまうことが不安材料と感じます。

:昨今「問い」の重要性が重要視されていますが、一番重要になるのは、経営者の意思だと思います。目先の利益だけではなく、5年後10年後の自社の価値を創造できるかどうか?そのためには自社の価値がどのようなものになっていたいのか?の問いが重要だと思います。

奥谷:販促提案に関して思うのは、常に求められているのは0→1のアイデアではないということです。実はそれよりも、すでに企業の中にあって、社員の方が気付いていない良いものを見つけることが大事。客観的な見方をして、本質を見抜き、「こんなに良いことをやっているのに、なぜ、それを言わないのですか」と伝えてあげるべきです。

多田:会社の中にいては見えないこと、わからないことがありますからね。一度立ち止まって、振り返り、深掘りしてみることで見えてくることがありそうです。

奥谷:ムダな商品開発をたくさんして、ムダな広告をいっぱい出して、ムダな販促をして、また次に行く。新しいことばかりを求めていると、その繰り返しになりかねません。費用を垂れ流しながらレッドオーシャンを突き進んでいくようなものです。それを一旦止めて、5年、10年売るための販促を考えて実行していく方が得策といえますし、サステナブルです。

:日本マーケティング協会が打ち出した新しい定義を読み解いてみても、やはり理想は共創で「これは素晴らしい取り組みです」「ここを目指しましょう」と言ってあげることが、すごく重要だと思います。環境問題への取り組みは、もちろん地球を守るためでもありますが、ビジネスに持続可能性を持たせることができる因子だからであり、市場としても、まだまだブルーオーシャンだと僕は思います。地球をよりブルーに戻せる取り組みでもあるので、すごくやりがいがありますよね。

奥谷:僕がローカル認証にポテンシャルを感じるのも似たところがあります。難しいけれど、まだまだイノベーションの余地が残っている。だからこそ、みんなでどのように考えていくか。「お得です!」と言うだけなら、誰でもできます。求められるのは、優れた解釈であり、それこそがマーケティングだと思います。

多田:これからの時代、どのような売場を作っていったらよいとお考えですか。

:やはりリアルな売場は大切ですし、実際にリアル回帰している傾向も見られます。ネットは便利ですが、あくまでも手段でしかなく、リアルな売場にしかできないことがたくさんあると思います。価格ではECに勝てないかもしれませんが、欲しい商品が近所ですぐに手に入れられることは強みのひとつ。きっとそれだけではありません。「他に何かないか?」と問い続けることが大切なのではないでしょうか。

奥谷:良品計画では、地方にある無印良品の店舗をコミュニティ化しようとしていたり、地域社会とのつながりを深めようとしていますね。そのために店長は大きな裁量権を持たされている。本部主導ではなく、何かを企画して、地域の人と一緒に考えて、やってみている。正しい答えが導けるかどうかは別として、顧客とともに一緒に考える、共創する。まずはその姿勢だと思います。

多田:問い続ける。一緒に考える。共創こそが新しい販促ですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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